愚痴供養祭に寄せられた短冊には一体何が書かれていたのだろう?

今年のお盆に合わせて行った愚痴供養祭。皆さんに書いていただいた『愚痴短冊』を通し、スタッフで振り返りを行いました。


約190枚の短冊に書かれていた愚痴をグルーピングしたところ、以下のように分類することができました。


●大見出し1:物理的な距離。

新型コロナウイルスにより人と人との物理的な距離が離れてしまったことに対する愚痴や願い。

◆小見出し: 「人に会いたい」 「家族に会いたい」 「旅行に行きたい」 「元の生活に戻りたい」 など。


●大見出し2:政治との距離。

国民と政治との距離が離れていることに対する愚痴や願い。

◆小見出し:「政治家が信用できない」「私たちの声を聞け」「税金を正しく使え」 「不景気は嫌だ」 など。


●大見出し3:心的な距離。

人と人との心的距離が離れていることに起因する愚痴や願い。

◆小見出し:「家族なんだから分かってよ」 「こんな自分が嫌だ」 「若者だって辛いんだ」 「平和であってほしい」 など。


-総括-

愚痴供養祭は今年の8月、コロナ禍の真っ只中で行われました。寄せられた愚痴もコロナウイルスに関連するものが多いかと思われましたが、じっくりと見てみるとコロナ以前から顕著であった「国民不在の政治」や「個別化が進んだ現代社会」に対する愚痴も数多く寄せられていました。


今なお新型コロナウイルスは私たちの生活や社会に大きな影響を及ぼしていますが、「人と会えないこと」 がこんなにも苦しいということ、「人と会えること」 がこんなにも喜びに満ちているということを世界中の誰もが身をもって経験したのではないでしょうか。


だからこそ今の私たちは想像/イメージできると思うのです。様々な分断や距離や隔たりが、私たち人間にとってどれほど不幸なことであるかということを。


あの寺プロジェクトは生活の動線上で個人とお寺が繋がることを目指した社会活動です。効率優先の現代社会で置き去りにされがちな人間のこころを改めて見つめ直す活動でもあります。アフターコロナの世界は、単に物理的な距離が近づくだけでなく、人と人との心の距離も近づいていけるように、細やかではありますがプロジェクトを進めていきたいと思います。ちょっと綺麗にまとめ過ぎましたかね。でも綺麗ごとにならないように頑張って行きます! 【スタッフK】